10年先にどうしていたいか?

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8/25日のschooの授業「「30分の熱血起業塾×2」~起業をしたいと思ったときから始める「自分10年ビジョン」づくり」で10年先の自分の姿と、10年先の自分のビジネスについてどんなふうでありたいかということを、自分なりに考えていましたが、その授業の時は何も思いつかなかったので、授業後に宿題として少し考えてみました。

※写真は内容と全く関係がありません……。

このビジョンづくりは、10年先の自分の姿から逆算して、5年後、3年後、どうありたいのか?それとともに、その時にどんなビジネスをしていたいかということを考えるもので、それを表にするわけですが……。


○年後 その時
の年齢
自分の姿 自分のビジネス
10年後 54歳 和歌山県東牟婁郡太地町に移住。今よりも少しだけ豊かな暮らしがしたい。 自分がその時住んでいる場所のためになる仕事をしたい。
5年後 49歳 10年後、移住する先の役に立てる存在でありたい DTPやWEB制作以外で自分に出来る仕事を創りあげたい。
3年後 47歳 10年後移住する先の9割の人に自分のことを知ってほしい。 まずはWEb制作やDTPなどで、会社から完全に独立して、今と同じくらいの収入を得る。
44歳 10年後移住する先で1人でも多くの人に、自分のことを知ってもらう。 まず自分が稼ぐための仕事と商品を作る。

とりあえず、上記の表のとおりになりましたが、つまるところ、自分がたどり着きたい場所で、そこそこうまく生きていくことができれば、僕の人生はそれでいいと思っています。
そのせいか、10年後のビジネスが、そこでできる何かをしていようという以上のことが思いつきませんでした。
 
ただ、ビジネスをするのであれば、その場所のためになることをしたいと思っています。
そして、5年後と3年後は、そのための準備の期間になるのだろうと考えました。
 
 
まず、5年後は、どんな形でも構わないので、移住先の町の人たちの役に立てるようになりたいです。
この町は、いくつかの難題を抱えています。
その1つでもいいから、解決できるような知見と労力を提供できるような、そんな人物になりたいと思っています。
 
そして、5年後には、恐らく今のような仕事はできないだろうと危惧しています。
今でさえ、コードを書いたりチラシを作る能力は、目に見えて減衰していることに気付かされんます。
だからこそ、それ以外に何ができるか、そしてその先も続けられるかを、考えなければならない時期でしょう。
 

3年後は、どんな形でも構わないので、移住先の町の人の9割の人に、僕のことを知ってもらいたいと思います。
知ってもらうことに拘る理由は、知ってもらわないことには頼ってもらえないからで、僕がどこの誰で、どんなことをしている人間なのかを知ってもらえれば、そのうちの数%かは頼りにしてくれるかもしれないという、淡い期待だったりします。
3年ほど、この場所に通っていますが、知人が増えるごとに、わかることも増えてきました。
歩いていれば話しかけられ、その度に励みになったり、気付かされることがありました。
それが、この考えに至った理由です。
 
その頃には完全に今の会社から離れて、移住してもやっていけるというベースを作りあげたいです。
まずは、今の仕事の延長線上にあるもので、今と同様の収入を上げることを目標にします。

 
そして現在ですが、まず一人でも多くの人に、僕のことを知ってもらおうと思っています。
現在、自分の運営しているFacebookページのファンを一人でも多くして、そのページを通じて、この町のために自分に何ができるかを考えていこうと思っています。
 
ビジネスに関しては、まず商品と技術を提供できるように、努力していこうと考えています。
 
とてもアバウトな内容ですが、これまでは「まあ死ぬまでには移住できればいいや」的な、予定も何もあったものではなかったので、若干でも具体化に近づけるような気がしました。
 
このビジョンにそって、一日一日をなるべくムダにしないように、額と脳みそに汗をかいて生きていきたいものです。

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