オリンピックのエンブレムは誰がためにあるか?

この記事から、時事や思ったことも、メモ帳の代わりに書いていこうと思います。
今日は、昨今話題のオリンピックのエンブレムについてです。
 
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※画像はこちらのまとめ(http://togetter.com/li/857186)から借用
 
オリンピックのエンブレムが発表され、ベルギーの劇場のロゴなど、類似デザインが見つかったあと、ネットではこのロゴへの批判が殺到しました。
その後、デザイナー側が反論とともに、ロゴの平面図を公開しました。
 
 

皆さんは、このエンブレムについて、どう思いましたか?
カッコイイ!素敵だ!って思いましたか?
それとも、ヒドイ!ダサイ!変えて欲しい!!って思いましたか?

僕は、どちらでもありませんでした。
「これに向かって、約五年の間、いろんな人が進んでいくのだろうか」という、どちらかというと客観的で、他人ごとのような感じでした。
というのも、僕自身は、オリンピックという近い未来のお祭りよりも、明日の食い扶持のほうが気になる立場ですから、それについて騒ぐほどの気力も体力も持ち合わせていないわけで、ネットでこの騒動をみていても、ああ面倒臭いなと思う以上のことはありませんでした。

僕は、多くの人は、このエンブレムについて、勘違いをされていると思っています。
これは、あなた方に理解してもらうためにあるものではありません。
それは、多くの企業のCIのように、このオリンピックの意志の表れを図案化したもので、あくまでシンボリックなものなのです。
 
このエンブレムは、オリンピックを作っていく人たちが、全体の意思統一のために、「自分たちが目指すもの」を図案化したものです。
 
それをお客様が理解しやすいことを最重要視してしまったら、目的が変わってしまい、意思統一は難しくなってしまうでしょう。
ですから、説明的なことよりも、その図案の視覚的な印象を重視するもので、だからこそ、そのエンブレムの制作にあたって何を重視し、何を切り捨てるかを考え、このような形になったのではないでしょうか……。
また、具体的なものは、ただそれだけで否定される傾向もありますので、具体的ではなく、抽象的なものになったのではないかと思います。

もともと外野にはわかりにくい性質のものだったんですね。
そこについて、無理やり理解をしようとすると「弔旗みたいで嫌だ」というような、ピントのズレた解釈になってしまうんです。
これでは、作り手は浮かばれませし、なによりかわいそうです。

エンブレムのデザインについてですが、そもそも単純な形状の組み合わせで構成されてういますから、当然似たようなものがでてくるのは想像できます。
エンブレムのセリフの形状をみれば、ベルギーの劇場のロゴは、近い形状だが違うものだと理解できるのですが、それには知識が必要です。
今回の一件を見ていれば、誰もがそれを持ち合わせているわけではないこともよくわかります。
しかし、それは恥ずかしいことではなく、むしろそういうものだと理解するほうがいいでしょう。
何が書きたかったかというと、万人のために作られたものが、必ずしも自分自身のために作られるわけではないということと、それは必ずしもデザイナーの責任ではなく、時としてそういうものを作らなければならないというのが、デザイナーという仕事なのだということです。
 
それを、自分なりの解釈で安易に罵倒するのは、正直どうなのかと、個人的には思います。
それならせめて、彼らは何故これを作ったのかを、もう少し掘り下げて考えてみて、その上で、何がどう自分たちの意にそわないのかを、もう少し建設的に表現してみてほしいものです。

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